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「信勝様ーっ!」
するとそこへ、背後に部下たちを従えた柴田権六が駆けて来て
「畏れながら申し上げます!」
と、息を切らせながら地に片膝をついた。
「清洲の織田彦五郎信友様がおみえになってございます!」
「何、信友様が?」
「はい。信勝様とのご対面を願われ、急遽清洲の城より馳せ参じられた由。
城門で待たれると仰せにございましたが、それでは余りにも忍びなく、一先ず御客座敷の方でお待ちいただいておりまする」
「……しかし、かような時ならぬお越しは初めてじゃ。此度はまた、何用でおみえになられたのだ?」
信勝が権六に訊こうとすると
「良いではありませぬか、そのような事は。それよりも早よう信友様のもとへお行きなさいませ。ご本家様をお待たせしては失礼にございますよ」
報春院は笑顔を作り、急かすように告げた。
「大方様の仰せの通りにございます。ささ、急ぎ御客座敷の方へ。
──その方たち、信勝様をご案内申せ」
権六は背後の部下たちに命じ、速やかに信勝の身を御客座敷へと誘導させた。
信勝が側から離れると、報春院は権六にそっと近付き
「清洲殿が参られたということは、やはり家督の件でか?」
と、察したように伺った。
「御意にございます。殿に代わって当主の座に就く旨を信勝様がご了承なさらぬ故、信友様が直々にご説得あそばされると」
「まぁ。あのお方がそこまで信勝殿を買こうて下さっているとは知りませんでした。
…じゃが良きことです。これによって信勝殿がその気になって下されば言うことはない」
「なれど、些か心配にございます」
「何がです?」
「ご本家故、ひいては信勝様の後ろ楯故、我々も黙って従っておりまするが、信友様もあれはあれで強(したた)か。
裏で何を企んでいるか分かりませぬ。あちらには坂井大膳ら、腹の黒い溝鼠たちが控えております故」
「それでも良いではないか。今は何より、信勝殿が弾正忠家当主の座を信長殿から奪うことの方が先決です。
清洲の企みなど、事が全て解決した後で、じっくり潰してゆけば良いだけの話。ご案じ召さるな」
「…はあ」
そう簡単に片付くような話とは思えなかったが、これといった手立てがある訳でもない権六は、おざなりな首肯を返す他なかった。
末森城御客座敷では、信友が上座の中央にどっしりと腰を据え、何とも悠長な顔付きで信勝の訪れを待っていた。
脇息に身体を預け、出されていた茶をひと口ひと口味わうように飲んでいる。
開け放たれた入口の襖の前には、清洲から連れてきた家臣数名を控えさせていたが、そこに大膳ら重臣たちの姿はなかった。
此度はあくまでも、彼らの力に縋ることのない、信友独断による訪問であった。
「──信勝様、おみえにございます」
程なくして信勝が座敷の前に姿を現すと、信友は「おっ」と声を上げ、慌てて居住まいを正した。
「遅うなりまして」
信勝は軽く頭を垂れながら座敷に入ると、信友の御前へ進み、静かに膝を折った。
「信友様にはおみけしき麗しく拝せられ、幸甚至極に存じ奉ります。
清洲よりのせっかくのお出座しにも関わらず、お出迎えも出来ませず…まことに申し訳ございませぬ」
「いや何、前触れもなく急に押しかけてしもうた儂も悪いのじゃ。お気になされますな」
「お気遣い痛み入ります──。このような所ではなんでございますから、どうぞ広間の方へ。すぐに御酒なども用意させます故」