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「…………泣いているの?」
砂利を踏む音と共に、真上から聞き覚えのある声が降ってきた。吉田栄太郎だと頭が判別する。
涙を見せてはいけないと、顔を上げる前に両手で目を拭った。
「……泣いてません」
そう言いながら上げた顔を見て、生髮 吉田は苦笑いをする。目元や鼻は赤くなり、瞳は潤んでいた。
腰に帯びた刀を鞘ごと抜き、その横へ座る。面倒なことには関わりたく無い方だが、気になって仕方がなかった。
「そういう事にしてあげる。……ここ、座るね」
それだけ言うと、吉田は口を噤んで懐から書物を取り出した。
静かに紙を捲る音と、風に靡いて騒ぐ草の音しか聞こえない。
──信じられない。泣いている人の横で読書なんて、どういう神経をしているの?
そのように桜花は思ったが、その反面で不思議と心が安らぐ心地になった。あれだけ一人になりたいと願ったというのに。
──何だろう。前にもこんな穏やかな心地を感じた気がする。何というか、安心する。
それは先日偶然出会った時でも、手を引かれて新撰組から逃げた時でも無く、それよりもずっとずっと昔のもののような気がした。
我ながら馬鹿馬鹿しい感覚だと思う。だが、それくらいにが落ち着くのだ。
そのようなことを思っていると、目線をそっと桜花へ移した吉田が遠慮がちに口を開く。
「……僕で良かったら、話し聞くよ。話せれば、だけど」
その言葉に、膝と膝の間に顔を埋めながら桜花は少しだけ驚いた。何たって、吉田という男はまるで他人に興味が無さそうな雰囲気なのである。
同じ痣を持つ者同士だからなのか、言葉尻からは些かの同情を感じさせた。孤独と言い切るには恵まれた環境に身を置いているが、心が寂しいと叫んでいる今はそれが素直に嬉しいと思う。
桜花は顔を上げると、恐る恐る吉田の方を向いた。そしてその真意を確かめるように目を覗く。
「……?」
──あ。
バッチリと合ったそれは、冬の空気のように凛と澄み、嘘偽りのない冴え冴えとした綺麗なものだった。
自然と鼓動が高鳴り始める。それに気付かないように目を逸らした。
「どうした?」
「いえ……何でも無いです。その、」
固く固く結んだ紐を少しずつ解くように、桜花は口を開く。
「……聞いて、くれますか」
「うん」
吉田は表紙に留魂録と書かれた書物を閉じると、膝の上に置く。
「…………嫌なことがあってぼんやりしている私が悪かったのですが。使用人としてお世話になっているところで、"お前に足らないのは、
を受け入れる度胸だ"と言われて、切腹を見学させられたんです」
腹を切る前の雄叫びと、首を落とした時の血飛沫が瞼の裏にありありと浮かび、思わず言葉を詰まらせた。
それとは反対に、吉田は苦笑いを浮かべている。
「何それ。まるで長州の武家教育のようだ」
「長州の武家教育……?」
「うん。我が藩では、男児の肝試しに罪人の打首を見せる習慣があってね。僕は身分が低いから、遠巻きにしか見たことは無いが……。あれは気持ちの良いものでは無いな」
その言葉に、桜花は信じられないと言わんばかりに眉を寄せた。
「こ、子どもに見せるのですか?」
「そう。確かに度胸は付くけれどね……。刀の恐ろしさと、武士としての責任を幼心に感じたよ。君はどう思った?」
問い掛けられた桜花は戸惑いながらも、思考を巡らせた。
「わ……私は……。何も考えられなくなりました。さっきまで生きていた人が、一瞬で……」
「……残念だけど、そんなものだ」
「そんなものって……」
自身の価値観と、この時代の価値観の違いに目眩がした。
つまり、この時代では死は身近にあるのだ。武士の特権である刀をつかえば、人など簡単に死ぬ。また、油断が命取りになる。
──もしかして……。それを胸に刻めと、副長は言いたかったのだろうか。